☆きまぐれNamiのIZAYOI日記☆

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help リーダーに追加 RSS 「わたしを束ねないで」

<<   作成日時 : 2007/04/02 16:16   >>

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 さて、4月になりました。友人達は新たな期待と不安を持ちながら、入社式で辞令を受け取っているころでしょうか。社会人になり損ねたNamiは今、パソコンに向かっております。友人達はNamiのことを本気で心配してくれているみたいです。友人から本気で心配されることには、本当に感謝しています。しかしながら、Namiは気にしていないのです。友達はそれを「強がりだ」と言いますが、本気でなんとかなるって思っているのです。一つ気になるといえば、近所を歩くのに抵抗があるという程度でしょうか。周りは体裁を気にするようです。上に「社会人になり損ねた」と書きましたが、実際には、Namiはそんな風に思っていません。Namiには、協調性というものが欠けているようです。
 Namiは思うのです。確かに、はじめの第一歩は人より遅れているかもしれませんが、それをNamiは恥だと思いません。だってね、スタートをいっしょにしたからといって、ゴールはみんな違うでしょう。ゴールが違うのに、スタートをいっしょにしなければならないなんて、どこか変だと思いませんか。みんなが就職する時期だから、同じように、どこでもいいから就職している方が多いでしょう。それが悪いとは思いませんが、どこかで自分を犠牲にしていませんか。「それが現実だから」と言われればそこまでですが、ゴールが違うのだから、スタート地点も違っていいのではないでしょうか。Namiはみんなと同じように束ねられることが嫌なのです。自分のペースでスタートを設定したいのです。
 今の状況にぴったりだと思う詩を紹介したいと思います。新川和江さんの「わたしを束ねないで」という詩です。ドラマで引用されていたこともあり、ご存知の方も多いのでは?ドラマで引用されていたのを聴いて、この詩を知りました。しがらみの中に生きている「わたし」の主張がいいと思いませんか。

   わたしを束ねないで

  わたしを束ねないで
  あらせいとうの花のように
  白い葱のように
  束ねないでください 私は稲穂
  秋 大地が胸を焦がす
  見渡すかぎりの金色の稲穂

  わたしを止めないで
  標本箱の昆虫のように
  高原からきた絵葉書のように
  止めないでください わたしは羽撃き
  こやみなく空のひろさをかいさぐっている
  目に見えないつばさの音

  わたしを注がないで
  日常性に薄められた牛乳のように
  ぬるい酒のように
  注がないでください 私は海
  夜 とほうもなく満ちてくる
  苦い潮 ふちのない水

  わたしを名付けないで
  娘という名 妻という名
  重々しい母という名でしつらえた座に
  座りきりにさせないでください わたしは風
  りんごの木と
  泉のありかを知っている風

  わたしを区切らないで
  ,や.いくつかの段落
  そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
  こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章
  川と同じに
  はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

  (初出:新川和江『比喩ではなく』)

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